[goto blog top] [Tips] [Special] [My Profile] [Macolife, The main page before Brog 1997-2006]
entry font size:  
2020 / 05   «« »»
01
F
 
02
S
 
03
S
 
04
M
 
05
T
 
06
W
 
07
T
 
08
F
 
09
S
 
10
S
 
11
M
 
12
T
 
13
W
 
14
T
 
15
F
 
16
S
 
17
S
 
18
M
 
19
T
 
20
W
 
21
T
 
22
F
 
23
S
 
24
S
 
25
M
 
26
T
 
27
W
 
28
T
 
29
F
 
30
S
 
31
S
 
meaning of mark :: nothing , comment , trackback , comment and trackback
Mia and Chihiro
Pickup Photo!
2007/03/02 :: AMD Opteron 275
!!$img1!!せっかくデュアル対応のマザーボード,MSI K8N Master2-FARを買ったんだから,ということも少しありつつヤフオクで消極的に探していたらOpteron 275 (2.2GHz Dual Core)2個セットが安めで出品されているのを見つけ,終了時間数十分前に入札したら競り合いなしで落札してしまった。セットで5万弱ぐらい。新品で2個セットだと最安値で7万強ぐらいなのでまぁまぁでしょうか,ねぇ。でもこのCPU,1年前は最安値で9万ぐらい,半年前でも7万弱だったが去年末ぐらいから価格暴落が著しく(参考:PC Watch 2月7日記事「AMD、Opteronに上位モデルを追加し、最大32%値下げ」),Intelのマルチコア攻勢に対抗するためAMDが価格引き下げ戦略をとっているからと言われている,中古でも現在の実勢価格と比べるとあまりお買い得感は無い,かなぁ。出品者には申し訳ないけど[:困り:]

品物が無事届いたのでCPUの装塡作業を開始。もう,近頃はCPUの載せ替えも手慣れたもので,BIOS復旧作業や,板交換作業を散々やったおかげで,グリス塗りもほどほど上達し,伸ばし用のヘラも割り箸を削って作ることを覚え,CPU2個だったが作業そのものは数十分で終わってしまった[:チョキ:]

!!$img2!!電源を入れ,起動してみたがこれと言って何事もなく,ログイン終了後タスクマネージャで確認したらDual Core×2の合計4コアになってました。前使っていたCPUがSingle Core 2.0GHzのOpteron 246×2でクロック差はそれほど無く,体感的に速くなったかどうかと言えばほぼ変化なし,な感じです。やはり重い処理をしてみて初めてDual×2の威力を実感できる,ってところでしょうか。実際Steinberg Cubase 4やCubase SX 3で過去のプロジェクトファイル,限界ギリギリで再生もままならない感じのものもあっさり,パフォーマンスメータで9x%ぐらいのものが半分の50%以下で再生できるようになりました。「VSTi PERFORMANCE 確認くん V1.01」のTEST LEVEL-2,246×2の時は60%を超えるぐらいだったのが30%程度になりました。すばらしい!と言うかこれでも今時「中の上」ぐらいってのがちょっと悲しい[:キャラしょんぼり:] でもそれ以上にするにはメモリにDDR2-800が使えるようなマザーボードにするところから取りかからなければならないわけで,わたしの場合はもう暫く,AMDがQuad Coreを出すぐらいまでお預けかな。

と言うことで,パフォーマンスアップは計算通りの結果だったのだが,計算外で喜ばしいことがひとつあった。消費電力がカタログ値だと6W上がるからてっきりCPU温度も高めになってしまうのだろうと思っていたのだが,その逆で温度がそれほど上がらないのだ。そこそこ負荷をかけても季節柄かもしれないが行っても40度半ばぐらいでよほどのことじゃないと50度に達しない。しかも,K8N Master2-FARはCPUファンを2段階のスピードでコントロールするのだが,BOISで50度をしきい値にしているため40度台だと低回転モード,8cmファンが2000回転以下ぐらいの状態,その状態で50度に達しない。従って,何をやっても,と言うと言い過ぎかもしれないが(4 Coreを全部100%稼働にするのもそれなりに大変)ずっと静かなままで,これは意外な誤算だった。

all photo
Recent Diary

Recent TrackBack
• dl.exe
  └ はまりゅうのいろいろぐだぐだブログ
         └ at 2011/04/26 14:57
• Applications for SH-03C!?
  └ 必見!時代の流れはここにあリ!
         └ at 2011/02/02 15:35
• drama
  └ ブラッディマンデイ
         └ at 2009/12/24 6:29

Recent Comments
• Re:Summing Mixer
ミノやん? at 05/01 1:02
ミノやん? at 05/01 1:03
Macoteau T at 05/01 1:39
ミノやん? at 05/05 17:13
Macoteau T at 05/06 23:26
• Re:METEX M-3870D
BlogPetのasukaka at 10/13 14:27

Pageview Ranking
«« Xを再インストールしたものの | main | 直刺しACを機器2台で »»
«« カテゴリ内前記事(by TBooS) | diary | カテゴリ内次記事(ZARD坂井泉水ちゃん死去) »»
2007/04/24
高野連ってステキ(爆
[diary
時事ニュース的なものは努めてスルーしようと思っているのだがYahoo!ニュース『スポーツ特待生違反校5・2HP掲載』とその関連の同じく『野球特待生 高野連が会見「制度即刻中」を強調』(21日付)という記事がおもしろい,というかその「逝っちゃってる」,おっ,変換ミスかあせあせ「行っちゃってる」感じがチョーステキぃ光るハートに思えたので取り上げます。

こと高校野球に関して言えば目の敵にされている特待生とか越境入学ってのは諸悪の根源のように言われているのだが,他のスポーツだとどうだろうか?日本全国からスポーツエリートが集まり(集め)実績とともに名声も上げている学校も少なくない。例えば卓球の福原愛。彼女は青森山田中学・高校に在籍していたが,彼女は卓球のために西へ東へ越境しまくってますが(仙台→大阪→青森)何か?また例えば,この一連の高野連の動きに呼応したかのように春季大会を辞退している東北高校(Yahoo!ニュース『東北高,春季大会を辞退 特待制度で高野連方針に配慮か』),ややもするとスポーツ特待制度を公然と導入している不埒な高校と思われてしまうかもしれないが,ちょっと待て。スポーツ好きならピンとこない,東北高校と聞いて。フィギュアスケートオリンピックゴールドメダリスト荒川静香,女子プロゴルファーの宮里藍,いずれも東北高校出身者。こと高校在学中にプロトーナメントに参加していた宮里藍に関して言えばスポーツ特待制度の存在は必須だったのではないだろうか。選手の遠征や長期合宿時の単位の振り替えとか選手を優遇する制度がないと昨今の10代アスリートの国際舞台での活躍ってのも難しいのではないだろうか。

そしてみんなその活躍に期待している。世論はそれを是と認めている。例えば中京大学付属中京高等学校在学中の浅田真央に対して「アメリカ合宿なんて高校生にあるまじき行為,即刻帰国し高校生らしい活動をしなさい。テレビのバラエティー番組に出るなんて言語道断」なんてことをスケート協会が主張したら。例えば高校在学中の伊藤翔がアーセナルの練習に参加したことをけしからんと日本サッカー協会会長が咎めたら。いずれもそんなことしたら完全に世論を敵に回すだろう。極端な言い方をすれば高野連は同様のことをまさにしているように思うのだ,門外漢から見た場合。

野球は特別だから,高校野球と言うべきか,他スポーツのような特待制度は受け入れがたいと高野連が主張するならすればいいけど,取り立てて野球にも高校野球にも興味がないわたしとしてはそんな高野連,「うひゃひゃ,馬鹿じゃないのぉ〜,生きた化石というか物言うゾンビかよなると」と指さして笑う対象でしかないのだが,野球好き,高校野球好きな人にとってのこの前近代的と言ってもいい高野連のあり方ってどうなんだろう?そういう間抜けさも含めて「あり」なのだろうか?ちなみに,一連の記事に幾度となく登場する「学生野球憲章」,どんなものかウィキペディアで見てみると1950(昭和25)年に制定されたものだそうだ。そこには以後改訂されたなどの記述がないので当時そのままだと思うのだが,なんかGHQがいた頃に出来た決まり事を未だに頑なに守るってのも横溝正史的世界観が垣間見られてそれはそれで興味深い,っていえば言えるけど,その守った結果をHPで発表するというミスマッチ加減もステキだけど,やっぱ「間抜けな図」にしか見えない。

といったところで,利害関係などから(主催とかとか)「高野連,逝ってよし」とおおっぴらに言えない人たちの言い分が今後楽しみ!?かもあかんべー

posted at 2007/04/24 14:46:14
lastupdate at 2007/04/24 14:54:18
edit
Trackback URL

クリップボードへコピーする場合は こちらをクリック(Win+IEのみ)

Trackbacks

Comments
20世紀はじめの野球界
 日本では20世紀はじめから、アマチュア野球が球界を占めていた。
当時の中等野球の名選手の中には、中学時代から学費不要とされた選手がいたり、
大学に学費免除の条件で迎えられていた選手もいた。
1913年(大正2)、中等野球界のエースであった某選手が、早稲田、慶応、明治の各大学から勧誘された。
某選手がそのいずれの大学にも入部の約束をし、各大学間で争奪戦が起きた。
争奪戦は紛糾し、結局、某選手はどこの大学へも入学できなかった。

詳細は
» link here «
by 戦前も学費免除がありました
at 2007/05/18 18:59:30
どうもどうも,勉強になります。

戦前の学生野球って今では想像出来ないほど人気が高く,それとともに金の臭いに群がってくる輩も多かった,ってことでしょうか。その名残が高校野球であり,そう言う意味では必要以上に警戒感を示す高野連を理解できると言えば出来なくもないけど。
at 2007/05/23 2:36:23
Post your Comment
name
mail
home
comment
文字装飾グラデーション絵文字